若ければ何にでもなれるの?

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若いことがステータスだとみなされるようになったのはいつからなのだろう。

年上の人から、まだ若いからなんでもできるねと言われることがある。

その言葉を聞くと、上手く返せない。

若いんだから可能性の中で生きなさいと押し付けられているように感じるから。

各種制限

〇健康

実際問題、身体的に行動に制限がかかるのは事実だろう。
だから、体が元気なうちにしか出来ないことがあるという意味では受け入れられる。
でも別に他に出来ることなんてごまんとある、よね?

〇金銭

私は正直、お金に余裕がない。
日々の生活でいっぱいいっぱい。

今もないけど、さらに若い時はもっと余裕がなかった。
そもそも若くてお金に余裕がある人の方が少ないのではないだろうか。

〇時間

時間は全人類に平等。
自由な時間が若者だけ特別に用意されている訳ではない。

そう、若いと何でも出来るという言葉にはこんな不平等な現実が詰まっている。

そしてきっとみんなこの事実を分かっている。
それでもなお、その言葉が発される理由。

若さへの当て付け

若いから出来る。年をとったら出来ない。
まずこのめちゃくちゃなルールを自分への言い訳として刷り込ませる。
そしてそれを正当化するために、あなたは若くてなんでも出来るね、と平然と若者に言ってのける。

何でもできるねと言われた若者がどう思うかは関係なしに。
プレッシャーや息苦しさを感じるとは思いもせずに。

ただの大人側の出来なくても仕方がないという言い訳。
年をとったから諦めたという甘えでしかないのに。

私のなりたい大人

すごく尖った羅列になってしまった。

たぶん無意識。
無意識の出来ない、やらない判断。
それこそそうやって刷り込まれてしまっただけ。
それ自体はとても切ないけど、すごくすごくかっこ悪い。

お金も時間の自由も余裕も制限される若者が、年をとることにかっこよさを感じさせない大人ばかりに囲まれて生きてしまうという現実。
私は私と関わる人だけでも、こういう現実を減らしたい。

私は別にかっこいい生き方はしていない。
でも、自分を正当化するために若者に対して若さを当て付けに攻撃するような人にはなりたくない。

出来ないことや甘えがあったとしても、それは自分の問題とする。
そして生きることがなんか楽しそうだなと思えるような人生を自分で切り拓いていきたい、という願望と目標に気付けた、そんな日。

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