自分をラクにするためのラベリング

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セルフラブ、自己肯定感、ポジティブ、プラス思考…

自分を好きになりたいだけなのにその努力の過程で、
これらのワードが自分を苦しめてくるように感じることがある。
まぶしすぎてそこへ足を踏み入れることすらできないという感じ。

ただ、自分を嫌いな自分を抜け出したいだけなのに。
自分を認めてあげたいだけなのに。
自分を好きになりたいだけなのに。
せっかく頑張ろうと思ってとった行動が自分の首を絞めてしまう。

自分が自分であることを受け入れる

自分を好きになりたいとき、自分の嫌なところをどう変えたいか、どうやって今の自分から変わるかばかりを考えがち。

かつての私も、なりたい人や憧れの人を探しては理想の人とした。そして自分との差を見つけては、こう変われば自分は良くなると信じていた。
この行動によって、あれもだめ、これもだめと自分を否定する悪循環に陥りメンタルを崩壊させていることに気付きもせずに。

そう、そもそもこの行動自体、自分が嫌いな部分を洗い出している作業でしかない。
だからどんなに頑張っても、自分嫌いの根っこは消せない。
むしろ嫌いな自分を抽出する作業によってより自分が嫌になるのに、良くなると信じてやめられない。

ラベリングの効果

今の自分でいいんだよって思うことは難しい。
だから嫌いな理由を減らしてあげる方法を探すことにする。
その一つが自分をくくるラベリングではないかと思っている。

私が自分が自分であることを受け入れる1つのきっかけになったのが、
INFPであると分かったとき。

そもそもの考え方や捉え方が違うんだから、
周りと違うことや同じように出来なくてもしょうがないねと捉えられるようになってすっきりした。

自分はこういう人だ、と定義する。
自分の属性をくくってタイトルをつけて、まあそれじゃあ仕方ないよねって自分に思わせる。

別にだからといってそれに甘んじようとか出来なくてもいいやとかそういう話ではなく、あくまでこのままでもいいよねと思えるきっかけ作り。
何も諦めないし、否定もしない、そのまま今のままでOK作戦を実行してみるのです。

自分を縛っちゃだめよ

じゃあラベリングがどこまでも効果的かというとそうじゃない。

たとえば、
女なんだから、若いんだから、アラサーなんだから…
これを自分にラベリングすることで自分を縛ることになる場合もある。

女だからこうしなきゃ、もうアラサーなんだから結婚しなきゃ子供も考えなきゃ…

これはね、社会の偏見。
社会の偏見を受け入れることを自分に許してしまっているだけ。

この偏見って思ったよりも根深くて、無意識に根付いている。
私が今も無意識の偏見を持っていることは否定できないし、だからこそ日々学びながら成長していきたいと思っている。
(でも、何かしら気付きがないとそういう偏見を持っていることにすら気付かないのよね。だから社会に触れて、様々な刺激を受けることは大事だなとつくづく感じる訳です。)

無意識ってたくさん存在するという前提はあるけど、
でも今は、この場合においては、自分に対するラベリングのお話。

だから、あくまで自分のためにプラスになるラベリングならどんどんしていこうと思う。

他人にくくらせるな、他人をくくるな

社会で生きていると、人から受けるラベリングも多々あるわけです。
これに関しては腸が煮え繰り返るほどイラッとすることもあるわけです。
あなたが何を知ってそんなこと言ってくるの?って。

分かったのは、ラベリングは自分を確立するために必要なツールであるということ。
自分が自分でいいよ、と肯定してあげるための材料であるということ。

だから他人に自分をラベリングさせてはいけない。
そして他人からのラベリングを受け入れる必要はない。
それはもはや暴力だから。

それは自分も同じで、相手を自分の考えでラベリングしない。
良し悪しを決めない。
あくまで自分のためのラベリングであると考える。

自分が少しでもラクになれる、好きになれる、認められる、そんなラベリングを見つけられるなら、どんどん自分にペタペタしてあげようと思う次第です。

もし今プラスの言葉たちの逆風が襲ってきているとしたら、ちょっとその言葉とは距離をとってみる。そして自分にいろんなラベルをはってみたらちょっと一息つけるんじゃないかな。

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